2016/12/31

年の瀬のごちそう


こずも食堂主人Kさんのお宅のイヤーエンドパーティーにおまねきいただきました。
すばらしいごちそうの数々。
Kさんはお料理講師&ケータリングも対応可能なスキルの持ち主。とにかく半端ないメニュウに圧倒される。


すごーく味のしみた角煮、大根、玉子。スパゲッティナポリタンは「深夜食堂」がテーマのメニュウなのだそうです。日本風ポテサラ。 揚げなす。おにぎり。卵サンドイッチ。豚汁。特製からあげ。パエリヤ。揚げ海老トースト。デザートのカスタードプリンとライトなティラミス。
このメニューをこのボリュームで一人で作れといわれたら頭が真っ白になること間違いなし。どうしたらこんなに大量のごはんをテキパキ作れるようになるのでしょうか。


からあげは、ただいま「CIA」(スパイ学校ではなくてシェフの学校、Culinary Institute of America)で修行中のMくんが揚げ担当。素晴らしい手際のよさでしたよ。


味つけはKさん。みりん、醤油、酒、しょうがだけだっていうんだけど、ほんまか!
揚げ粉は、米粉と片栗粉を半分ずつだという。メモメモ。


いかすみ特大パエリヤくん。

ティラミスも遠い目になるほどおいしかった…。メレンゲを使っているのでふつうのよりもライトな仕上がり。なのでつい安心しておかわりを。

このほかにも、続々とゲストがオクラのサラダとか、お好み焼きとか、ばらちらしとか、チャプチェとか、煮物とか、美しくおいしい料理を持ってくる。


逃亡を企てていたダンジネスクラブたち。


しかし見事に蒸しあがり。

ご馳走さまでございました。
 
今年も終わっていきますね。

自分の浅はかさや杜撰さにあらためて気の遠くなるような思いばかりではあったものの、ほんとうに素敵な人びとに会う機会もたくんさん恵まれて、おいしいものを一緒にいただいたり、面白いものを共に見られた、よい年でした。

来年が平和な、充実した一年になりますように。

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2016/12/30

オフィーリアの本屋


となり町、フリーモントの小さな古本屋さん、Ophelia's Books。


店に入るとすぐ目の下に、この狭いらせん階段があって、地下室に続いてる。
地下にはSFやミステリ本が。

1階は哲学本や文学系や古い地図帳とかがある。

そしてときどき猫もいる。

こないだは、モルモットがいた。

オシャレで高そうな店ばっかり増えつつあるシアトルだけど、こういうオシャレでもなんでもなくて時代が変わっても変わる気は微塵もなく、棚のうしろに異次元トンネルがありそうな店はほんとになくならないでほしい。



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2016/12/28

Arrival:YOUは何しにこの惑星へ?



『Arrival』を観てきました。邦題は『メッセージ』。

おもしろかった。

湿っぽい感触で、繊細で、静かな映像がすばらしかった。

キャラクターがよかった。

ゾウのようなタコ型エイリアンも素敵だった。

そして彼らが大気の中に描く「Zazenメディテーション・タイマー」のアプリみたいな丸い言語がほんとうに素敵。

主人公は言語学者という、SF映画にしては地味な役どころ。というのもよかった。

主人公の住んでるミッドセンチュリーなかんじのレイクハウスも素敵。

でもなあ。
この映画、好きになりたいのだけど。
わたしにはつまづきが大きすぎて、どうにも丸のみできなかった。

でも、本当に綺麗な、数あるエイリアン映画の中でも指折りのビューティフルな映画。
おすすめです。見る価値は絶対にあり、できれば大きなスクリーンで。

この映画の予告編には、「お互いに言葉の通じないランダムな他人が、共通のことがらをみつけて心を通じ合わせる」というバージョンもつくられている。




これを見ると「異文化、異世界とのコミュニケーション」というのがテーマの映画みたいだけど、この予告編ははっきりいって、まったく映画の主旨とは関係ないと思う。




以下、盛大にネタばれありです。


主人公のルイーズ(エイミー・アダムス)は、スーパーに有名な言語学者で、スーパー通訳者でもある(中東の言語と中国語もネイティブレベルらしい。すごいですね)。

ある日とつぜん、世界の12箇所にへんな形のUFOが来る。
このモンタナの草原のシーンがほんとうにひれ伏したいほど綺麗。



エイリアンたちが 何しに来たのかわからないので、まずその意図を知るために、言語学者や科学者がコンタクトチームに任命される。  有名言語学者で外国語に堪能なルイーズに、この案件担当の(空軍?)大佐(フォレスト・ウィテカー)がじきじきにお迎えにくる。

12カ国が最初は協同してコンタクトに取り組んでいたのに、「武器をもってきた」という言葉が人間の言葉に翻訳されてから、急にどの国も互いに疑心暗鬼になって、協力を取りやめてしまう。

それまで協力してエイリアンの意図を解析しようとしていた12カ国の代表が政府に命じられて次々にシャットアウト。モニターが次々に暗くなっていく悲しさ。

世界各地では民衆が恐怖にかられ、政府のやりかたがまずいと暴動が起きている。

タカ派のアジテーターは「エイリアンをやっつけろ!政府は腰抜けだ!」とたきつける。

そんな中で中国政府はエイリアン船への攻撃を決める。
アメリカも、他の国も、そのあとに続こうとしている。

コミュニケーションのミッションは打ち切られ、戦いのために皆が退避を始める中で、ひとり宇宙船の中に取り込まれていったルイーズだけは、エイリアンのほんとうの目的を知る。
かれらは人類に贈りものを持ってきたのだ。3000年後に、かれらを助けてくれることとひきかえに。



このエイリアンたちの時間のとらえかたは人間とはちがう。

その言語は音声では人間の聴覚ではうまくとらえられないゾウやクジラのような響きをもっている。

書き文字は、宇宙船のなかの重そうな霧の中に、かれらの星型の触手からイカスミのようなものを噴出して描く。

美しい文字は、自分のしっぽをのみこもうとする大蛇ウロボロスのような円形をしている。



ルイーズは、宇宙船のなかでのエイリアンたちとのコンタクト場面で、自分から防護服を脱いで近づいていくことで、かれらの言語を少しずつ習得する。

同時に、だんだんとルイーズはかれらの世界観を共有するようになり、過去と未来と現在を、同時に体験するようになっていく。

エイリアンの意図を理解し、未来の知見を得るようになったルイーズは、人類がエイリアンに無意味な戦争をしかけようとしている瀬戸際に、その愚かな行為をやめさせる方法を予見する。

 中国の将軍に直接電話をかけて、「やめて!」というのがその方法。
自分がエイリアンの本当の意図を知っていることを将軍に伝えるために、彼の妻が死ぬ前に言った言葉を伝えるのだ。

映画の冒頭に、ルイーズの娘が生まれ、成長を見守っていく幸せな時間と、その子を病気で失う喪失の時間が、静かで繊細な美しい映像でつづられる。

エイリアンとのコンタクトの途中にも、娘と過ごした時間の断片がたくさんはさまれる。

映画の最後に、その時間はほんとうは未来にあり、ルイーズが同時に体験していた現在でもあったことが示される。

結末を知りながらも、自分に与えられた人生を喜び受け取ることを、彼女は選んだのだった。



この映画は「サピア=ウォーフの仮説」という言語学の説を下敷きにしているそうです。
これは、簡単にいうと「思考は言語に影響されて組み立てられるものだ」という説、といっていいのだと思う。

はじめに言葉ありき。というわけですね。

ウィキでみつけた引用だけど、サピアはこういってます。

The fact of the matter is that the "real world" is to a large extent unconsciously built up on the language habits of the group. No two languages are ever sufficiently similar to be considered as representing the same social reality. The worlds in which different societies live are distinct worlds, not merely the same world with the different labels attached.

<「現実世界」というのは、大部分、その人が属する集団の言語がもつ習慣の上に、無意識に構築されているものだ。どのような言語でも、まったく同じ社会的現実を言い表しているといえるほどに似ている、といえるようなものは二つとしてない。異なる社会が体験している世界はそれぞれに独自の世界なのであり、たんに違うラベルが貼られた同じ世界ではないのだ>(拙訳)

わたしは、これはまったくもって自明のこととだと思うんだけど、反論もある。

実はこれに反論しているスティーブン・ピンカーの本(『言語を生み出す本能』)を、今年の夏日本に帰ったときにたまたま京王デパートの書店で見つけてピンカーが誰だかも知らずに買ってきて、いま読みかけなのだった。

まだ上巻を読み終わったばかりだけど、ピンカーの反論にはあまり説得力を感じない。部分部分ではなるほどと思うところもあるのだけど、おもにテクニカルな面での 重箱の隅をつつくような反論に終わっているかんじがする。

言語は現実を創造する。というのは本当ですよ、たぶん。ある程度。

同時にチョムスキーが言うように、「言語のたね」のようなものが人類にうめこまれているのも事実だと思う。

どちらも補完し合う論であって別にぜんぜん対立してないと思うんだけど、わたしがよく理解していないのだろうか。

またいつか機会があったら(下巻を読み終わったら)ゆっくり考えてみる。



エイリアンに戻ると、エイリアンの言語を習得するにつれ、ルイーズの世界観が変わっていく、というのはこの仮説を下敷きにしたものだろうけど、強引ではある。

時間の感じ方を規定しているのは、たぶん言語による思考というだけではないでしょう。

仮にコウモリの言語があるとしてそれが解読できたらコウモリと同じ時間的体験ができるかというと、きっとそうではないだろうという予感がする。
なぜならわたしたちは夜中に飛ばないし、超音波で蛾をつかまえる技術ももたないから。

わたしたちは皆特定の「社会的現実」を生き、時間の感覚もそのなかに埋め込まれている「現実」の一部なので、テンポラリーなものではある。

その「あたりまえ」の枠のそとにある時間の捉え方は、人間の生理的限界のなかにも、たぶん可能なのかもしれないけれど。
(それこそ禅の悟りとかは、その境地なのでしょうか)

とりあえずそれは言語とはまたちょっと別の話だよね、と思いますよ。 言語も世界観の一部ではあるけれど、ごく一部にすぎないのだし。
仏教的にいうと、言語とは煩悩であるのかな。

だいたい西洋のインテリは言語をかいかぶりすぎなのだ。

原作はテッド・チャンの『Stories of Your Life』。ネビュラ賞受賞作だそうです。
翻訳タイトルは『あなたの人生の物語』。

キンドル版があったので読んでみた。(短編)
すごく面白かった!

そして、やっぱり映画への違和感が納得できたのだった。

わたしはこの映画がどうにもすっきりのみこめなかった。

どこにつまづいたかというと、「こうだったらいいのにね」というわたしたちの願望があまりにも簡単に準備されて、実現されているところ。
 
原作は、ルイーズの個人的な話だった。

エイリアンの言語を学び、かれらの世界観を共有したことで、彼女には未来が見え、体験できるようになってしまう。

過去と未来と結末を同時に体験しながら、その苦さと美しさ、絶望と幸福をなんども味わうという、切なく悲しくて静かに明るい話だった。

原作ではエイリアンたちは謎を残して突然去ってしまうのだった。
ルイーズにだけ、彼女の残りの人生のすべての時間がすでに体験されている、という内的感覚の置き土産をのこして。

それが映画では、ルイーズが「現実に」世界を救う話になってしまっている。 しかも一人で。

正確には、ルイーズの個人的な物語と(何度もはさまれる未来への回想シーンが、しっとりした静かな画面でリリカルに語られる)、アクションムービー的な展開の世界平和の実現がつぎはぎされていて、そのふたつのストーリーの語り口がどうも妙にかみあっていない気がしたのだけど、原作を読んで納得した。

世界平和のほうの話は、映画のために書かれた、付け足された部分だった。そしてこの部分に、わたしはどうにもならない違和感を感じるんですね。

映画では、この話は、よいエイリアンとバカな人類の覚醒の機会の物語になっている。

『インデペンデンス・デイ』や『エイリアン』の、話が通じないどころかハローも言わずにいきなり襲ってくる海賊のようなエイリアンを極悪エイリアンの右翼、人となかよしになりたい『未知との遭遇』や『E.T.』 の平和的エイリアンを左翼とすると、この『メッセージ』のエイリアンは、左翼のさらに斜め上をいく超優良なエイリアンです。

だって友好をもとめてくるだけではなくて、役に立つ「ツール」をプレゼントしに、しかも内輪でいがみあっている人類が仲良くなれるようにわざわざ12個にわけてもって来てくれてるんだから。 (三千年後に助けてくれることと引き換えに)

それを理解しようとしない、理解できないタカ派の役人たちに仕切られた世界が人類毎度おなじみのカオスに陥り、せっかくの人類飛躍の機会を永遠にうしなってしまうところを、言語学という地味なインテリジェンスをもつルイーズが一人、真摯なとりくみによって異世界のタマシイとのコミュニケーションに成功し、頑固な中国人の軍人までをヒューマニズムにめざめさせ、世界を一瞬にして統一して、ふたつの世界をひとりで救う。

という筋書きが、もうどうにもこうにも居心地悪い。

そんなに簡単だったらいいよね。( ´Д`)=3



いつもはかなりあてになる映画レビューサイトの「Rotten Tomatoes」のスコアが94点という、驚くほど良い評価だったのは、もしかしたら公開日が11月11日で、あの大統領選挙の直後、全世界のリベラル知識人たちの多くが大ショックを受けていたすぐあとだったからではないのか、とも思う。

たしかにこれはすてきな夢ではある。
そしてこんなふうに提示されると、悲しくなる夢でもあるのだ。

『ニューヨーカー』のレビューアーもこう書いている。

 The Sunday after the election, I watched this and wept. What a dream—to perceive instinctive purpose in what happens around us, to submit to that teleology, to enact it. What a fantasy, to imagine that we’ll be around to help anyone in three thousand years.

(選挙のあとの日曜日、わたしはこの映画を観て、泣いた。なんという夢だろう。わたしたちの周りで起きていることを直感的に知覚し、その目的を受けとめ、それを実行する、という夢。そして、なんという幻想なのだろう。わたしたちが三千年後にまだここにいてだれかを助けるのだ、と思い描くというのは。)


ついでにもうひとつ言うと、映画では言語学者のルイーズが通訳に使われているのも、ええっと思った。

英語で「Linguist」 というと、ふたつ意味がありまして、
1. a person skilled in foreign languages.  (外国語に堪能なひと、通訳翻訳者含む)
2. a person who studies linguistics.(言語学を研究するひと)

なんだけど、これ、一般には「どっちも言葉の人でしょ」とばかりに混同されてることがある。この映画でも、大学で言語学を教えてるハカセのはずなのに、「ちょっとこの中国人何言ってるのか教えて」って。
大佐、それは通訳者の仕事ぢゃ!(# ゚Д゚))
 
もちろん言語学者でものすごく語学の才能があって数か国語につうじてるひとだっているのだろうけどね。国の防衛がかかってるときにはやっぱり専門の通訳にお願いするでしょう。
ていうか諜報機関にも軍にも、言語のスペシャリストはいっぱいいるし…。

原作では「まさか院で研究しているときには陸軍の通訳として使われるとは思わなかった」みたいなことをルイーズが言うけど、これはエイリアン言語の「通訳」の役目をおおせつかったということ。

と文句はたれながら、好きか嫌いかといえば、だんぜん好きな映画です。
ものすごく好きな部分と、もうちょっとどうにかしてくれたら私の生涯ベスト30位内の映画になったのにという残念な部分が同居する映画。

この映画のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、このつぎ『ブレードランナー』の続編をいま製作中! 映画館で予告編観たけどイカしてる!超期待!



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あの人が蘇ったわけとイースターエッグ


うちの息子21歳が冬休みに机に向かってなにをやっているかと思えば、折り紙でした。

なにか自分なりのプロトタイプをあみだしたらしく。
 
ところで、先日観た『ローグ・ワン』でもうひとつ、何がびっくりしたかというと

(以下ネタバレありです)





(RIP プリンセス・レイア。涙)






なにがびっくりしたかというと、あのもう本当に見るからに意地悪そうな、ナチス・ドイツの将校みたいなキャラ、「グランド・モフ・ターキン」。

デス・スターといえばこの人。ダースベイダーと並ぶ、帝国の悪の権化の総督。

俳優さん(ピーター・カッシング)はもう20年以上前に亡くなっているのだけど、『ローグ・ワン』には1977年の『スター・ウォーズ』のまんまの姿ででてくる。

デス・スターはこの人のペットプロジェクト。この人なしには話にならない。



最後のシーンのレイア姫とこのターキン総督のおかげで、第一作の『エピソードIV』につながる感が涙でるほどリアルだった。

あの「よみがえらせ」の術は本当にすごかったなあと思っていたら、今日のニューヨーク・タイムズに「『ローグ・ワン』がおなじみの顔を蘇らせた方法」という記事が載ってましたよ。




 How ‘Rogue One’ Brought Back Familiar Faces (NYT 2016/12/27)

どうやって故人をスクリーンに呼び戻したかというと、英国の俳優さんが顔にマスクをつけて演技した上に、『エピソードIV』のフィルムから採取したターキン総督の画像をもとに加工したCGをくっつけたのだそうです。

レイア姫も同様で、別の女優さんの上にキャリー・フィッシャーのCGがコラージュされている。

フィッシャーさん、完成した『ローグ・ワン』のレイア姫の姿は観たのかしら。

故人をいたずらにスクリーンに呼びもどした焼き直し映画を作るのは倫理的にいかがなものか、という批判もあるらしいけど、この映画のクリエイティブオフィサー氏は、この映画のこの役だったから意味があるのだし、もうそれはそれは大変なおカネと手間がかかるのだから、技術的に可能とはいっても、今後どんどん死んだ俳優をフィーチャーする映画が作られるとは思えない、と言っている。

うん、でも技術がすすんで手軽に作れるようになったら、ほんとうにその人が演じた映画とCG合成された映画の区別がつかなくなってどっちだったかわからなくなってくる時代はくるのかも。わりとすぐに。

この記事のインタビューに答えてた効果スタッフは子どもの時に『エピソードIV』を観て感動した人ばっかりらしくて、すごく楽しそうだ。

このほかにも、『エピソードIV』であまり使われなかったXウィング戦闘機のパイロットを、新しく作ったXウィングの映像にフィーチャーしたりもしてるのだそうだ。

コアなファンが注意して見れば分かる、映画やゲームの中に隠されたネタを「Easter egg」と呼ぶらしい。

『ローグ・ワン』にはEaster eggsがいっぱいあるみたいです。

わたしはそんなダイハードなファンではないけど、あっ( ;∀;)!!と思ったシーンが4つか5つくらいはあった。

忘れてかけてあつい埃をかぶったオタク魂を呼び覚まされた気がするよ。
もう1回観に行っちゃおうかな。


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2016/12/27

Rogue Oneとチョコがけポップコーン


『ROGUE ONE A Star Wars Story』をみに、 ベルタウンの名物映画館「シネラマ」に行ってきましたよ!

あちこちでビルが建設中のシアトル。シネラマの隣にも建築用の巨大クレーンが。




去年『火星の人』じゃなくて『オデッセイ』を観に来て以来のシネラマ。

マイクロソフト創業者で筋金入りオタクのポール・アレンさんの会社「Vulcan」の所有です。

スター・ウォーズを見に来るのにこれ以上ぴったりの映画館はないんですよ。なぜならば


ロビーにダースベイダーだっているんだからね!

『ローグ・ワン』大満足でした。
わたしは去年の『フォースの覚醒』よりも、こっちのほうがずっと好き。ていうかスターウォーズ史上で2番めくらいに好きかも。

やっぱりメインのエピソードは、作る側はもちろんだと思うけど長年のファンとしては見る側にも肩に思いっきり力がはいり、期待が高すぎて見る前から無駄に疲れたりするので、サイドストーリーのほうが気軽に見られるというのもある。

ダースベイダーのキメキメの場面もでてきたし。
キャラクターがみんなよかった!
歴史に名の残らない人たちの戦い、という設定が泣ける。
どのひとりの働きが欠けてもだめで、みんなが力を合わせてやったんだ!という戦隊的なはなしに、ぐっときた。



座頭市みたいなサムライとその相棒は、士郎正宗のマンガにでてきそうで新しい。

長い戦争で疲れている人たちの集う貿易都市も、ちょっとしか見せないんだけどなんだかすごく説得力あって、いまの時代に適切な感じ。

そうか『スターウォーズ』って多様性(対それを押しつぶそうとする画一性とのたたかい)の話だったんだ。
第一作のエイリアン酒場を初めて見たときの衝撃を思い出した。

空ににょーっとあらわれるデス・スターも美しかった。(『メランコリア』を思い出したのはきっとわたしだけじゃないはず)。

デス・スターの攻撃を受けて滅びる都市も衝撃的に美しい。

わざとプラモデルっぽい帝国艦隊にも心がふるえる。

デス・スターが相手なら、正義はわかりやすいのにね。

あっそうそう今回はチョコがけポップコーン食べた!うまかったですよー!
チョコがけポップコーンを食べながらシネラマでスターウォーズ見るのってかなり幸せ。
塩味のふつうのポップコーンとのミックスがおすすめ!




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2016/12/26

今年のプレゼント


クリスマス・イブに食料品の買い物をして帰ってきたら、リースが届いておりました。

正確には、うちのキッチンで作成が完了していました。



息子ガールフレンドのKちゃんが作ってくれた。サンディエゴから帰省中なのに、パパとママをほっぽらかしてクリスマス・イブにうちでこんなことをしていていいのか。

5種類の針葉樹の枝とユーカリにアイビーとカスミソウをあしらってある。

クリスマス・イブ、午後6時になって登場というところが相変わらずこの子たちらしいけど、すごく素敵で感激。

香りが良いので室内に飾りたいけど、とりあえずドアに飾って自慢する。


息子21歳からのプレゼントは、コーヒーの木の鉢植えと、地元の古本屋さん「Third Place Books」で見つけたというペーパーバックの(ΦωΦ)ねこアンソロジー本。

包装紙は、先日Kちゃんと行って收穫がたくさんあったらしい、ワシントン大学のサープラスストア(大学でいらなくなった備品を激安で販売するストア)でみつけたという、ビンテージなグラフ用紙。

アンチ消費主義をつらぬくギフト。

…ではなくて単におカネのない学生なのだけどね。このセレクションは上でき。よくできました。

グラフ用紙の手ざわりはパリパリして気持ち良い。

子どもからもらうのは、いくつになっても手作り感のあるこんなものが嬉しかったりするのよね。(ダンナ様からだと、また微妙に違うのだろうけれども?)

ただし来年はちゃんと就職してイタリア旅行でもプレゼントしてね。ちょっと高望みすぎか。

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2016/12/25

日本のすごい技術の最先端製品をもらった!


クリスマスおめでとうございます。
平和な楽しいクリスマスでありますように。今年も来年も、その先もずっと。

シアトル港のフェリーのりばのそばにある観覧車が、クリスマスのキャンディーの色になっていた。すぐそばを高速道路の高架が通っているので、クルマでとおりすがりにデンワカメラで撮影したので、いまいちよくわかりませんな。レンズにバターかなんかついてたみたいでぼわっとしてるし。
ほんとはもっと赤と白のストライプがちまちま入っててかわいかったのに。

この高架部分は港とピュージェット湾とダウンタウンの眺めが良いので気持ち良く、好きな場所なのだけど、耐震構造はむちゃくちゃ悪いらしく、大地震がきたらただちにぺちゃんこになるだろうといわれており、いまその代わりになるトンネルを掘っているところです。



クリスマスを前に、東京の友人Nちゃんから、いろいろ詰まったおたのしみハコをもらったー。
ありがとうー。ココナツサブレうれすぃ。この渋いキュレーションに毎回しびれる。


 むちゃくちゃツボな、ウーパールーパーメモ。
そしておすもうマスキングテープ。使いみちがわからない。でも素敵。

「Made of Paper」と静かに主張している、この真面目な顔のノートブックにもやられた。
大学ノートって、こんなこと言ってたんだっけ。

さらにさらに、ぺんてる「おれんず」シャーペン!

0.2ミリで折れないってどうして!と思ったら、芯のまわりをぴったりサイズの細いパイプが守っており、パイプのさきっちょだけに芯が覗くというしくみ!

文房具の技術開発すげえ。
AI技術では負けても、文房具だけは世界のどこにも絶対負けないよね、日本。

この技術にどれほどニーズがあるのかは正直よくわからない。と思ってしまうのはアメリカの「とりあえず使えればいいじゃん」的な剛直文房具フィロソフィに慣れてしまったからなのかもしれない。

試験のときとかにシャーペンの芯がぽきぽき折れるのはたしかにストレスだよね。アメリカ人はそんなことあんまり気にしやしないんだよ。

紙に字を書く機会をもっと増やしたくなりました。 でももう試験は嫌だ。

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2016/12/22

あの妖しいやつをモールで発見


このあいだ拾ったマグノリア(タイサンボク)の実とおなじので、まだ枝についてるやつを発見。

オープンエアのショッピングモール、ユニバーシティ・ビレッジにて。
クリスマス直前、あわただしく買い物するひとびとの頭の上に。

ここの植栽ってほんとに気が利いてるし手入れがいい。

なんだか円谷プロ的なおもむきじゃない?
葉のかげからそっと覗くちびっこエイリアン。

マグノリアの葉は冬でもつやつやして、綺麗だね。南の国に行きたくなる。

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2016/12/21

Slate Coffee のカフェ


 新興ブティックロースターのひとつ、Slate Coffeeのカフェが、ワシントン大学の近所のU-Districtにできてると息子からきいていってみた。
 ネプチューンシアターの並び。以前にほかのカフェがあったとこでした。



うちではいま、ここのエチオピア産豆がお気にいり。
ここのエチオピア産は今3種類あって、それぞれ香りと味が違う。
ブルーベリーのような香りのもの、チョコレートのようなコクのあるの、フルーティーで明るい感じの。ローストは軽め。

前にはここは125グラムの小さい袋で売ってくれてたんだけど、残念ながら250グラム入りのみになってしまいました。

「やっぱり手間とコストに見合わなかったんだー」
と笑顔が爽やかなお兄ちゃんが教えてくれた。

日が立つにつれて酸味や甘みがどんどん変わっていくのもおもしろい。
 


白い壁にミッドセンチュリーモダン風のチェア、クリーンでシンプルなインテリア。
「サードウェーブ」系の新しいカフェはだいたいどこもこんな内装ですね。

いまはこういうシンプル&クリーン&ナチュラルなのがどこいってもデフォルトのオシャインテリアだけど、あと10年くらいしたら皆こういうのに目慣れてつまらなくなってまたマハラジャみたいなのとか原色のらくがきアートみたいなのが流行ったりするのかな。ならないのかな。

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2016/12/20

考えるちくわ、ゆるい淀み


福岡伸一ハカセの『動的平衡』という本をよみました。

こむずかしいのかと思ったらとても読みやすく書かれていて、ぐいぐいと引き込まれてあっというまに読んでしまった。

モヤモヤと考えていたことを、誰かがすぱっと言い切ってくれると、すごくスッキリすることがありますよね。まさにそんなかんじ。

「食物は情報を内包している」
「生命体は口にいれた食物をいったん粉々に分解することによって、そこに内包されていた他者の情報を解体する。これが消化である。消化とは…情報を解体することに本当の意味がある。タンパク質は、消化酵素によって、その構成単位つまりアミノ酸にまで分解されてから吸収される」(68)

「胃の中は「身体の外」
「消化管の内部は、一般的には「体内」と言われているが、生物学的には体内ではない。つまり体外である」(68)

「人間は考える管である」
「私たちは、もっぱら自分の思惟は脳にあり、脳がすべてをコントロールし、あらゆるリアルな感覚とバーチャルな幻想を作り出しているように思っているけれど、それは実証されたものではない」(73)

脳につかわれている神経ペプチドというホルモンとほとんど同じものが、消化管の神経細胞でもつかわれている。
そうして、これらのペプチドがいったいなぜこれほど多種類、大量に消化管の近くにあって、何をしているのかはまだわかっていない、のだそうだ。

「消化管神経回路網をリトル・ブレインと呼ぶ学者もいる。しかし、それは脳とくらべても全然リトルではないほど大がかりなシステムなのだ。私たちはひょっとすると、この管で考えているのかもしれないのである」(74)

あああー、リトルブレイン!!

最近の人工知能の議論で、脳の情報をすべてどこかにアップロードできるようになればもうフォーエバー死なない世界がやってくるという意見がなんか変だと思っていたけど、 あれは、それだから間違っているあるね!

「ガットフィーリング」というのは本当に消化器のあたりで感じているものだものね。

そもそもヒトの脳というのは、身体中にはりめぐらされた感覚器官のセンサーなしにはたぶん、あまり機能しないんじゃないだろうか。機能しても、その脳がいる世界はごく限定された世界になるよね。
感覚器官と脳はそもそも発生当初からセットで発達してきたのだし。
…とつらつらと思ってきたのだけど、分子生物学のハカセにこうわかりやすく言ってもらえるとすっきり納得なのだった。

「生命活動とはアミノ酸の並べ替え」
 「(タンパク質の)合成と分解の動的な平衡状態が「生きている」ということであり、生命とはそのバランスの上に成り立つ「効果」であるからだ」(75)

おおおお!
ここを読んだときにはなんだかそわそわして、立ち上がってうろうろ歩き回ってしまったのよ。

「個体は、感覚としては外界と隔てられた実体として存在するように思える。しかし、ミクロのレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかないのである」(231)

淀み!淀みなんだね!

福岡ハカセは、そのような見識から、遺伝子工学とかES細胞を使った治療とかには批判的な立場をとっている。 そういった、ヒトを部品として扱う還元主義の考えかたは、全体を見逃しているのではないか、という立場なのです。

どうも科学の立場、理性の立場のひとたちは還元主義(reductionism)でなければヒトにあらずみたいな考えかたが主流のようです。
白黒ハッキリつけたがるし、すべて白黒決着がつくものだと信じている。

前に還元主義について書いてみたときに思ったけど、還元主義のひとたちとキリスト教やイスラム教原理主義のひとたちは同じ思考パターンを持っていると思う。

お互い忌み嫌いあっているけど、おなじ穴のムジナっていうか、鏡にうつっている姿じゃないかと思うよ。

あと、ミトコンドリアはもともと細胞とは別の生物だったっていう説を最近聞いて仰天したのだけど、それについても詳しく説明されてて面白かった。

最後にライアル・ワトソンが出てきたのでそれも驚いた。

「心の理論」が豚に備わっていないと考えるひとはちょっとどうかしていると思う。
ねこにも犬にも「他人にも自分と同じ心がある。しかし他人はそこに自分とは違う考えかたを持っている」ということは理解できているのではないでしょうか。

それを証明する実験なら簡単にできそうな気がするんですけど!

いやーほんとに面白かったー。これは2009年の出版で、続編がでてるらしい。

福岡ハカセの著書は『生物と無生物のあいだ』を何年か前に読んで、こちらもとてもおもしろかったんだけど、『動的平衡』のほうは今、まさに読みたかった言葉が降臨!という感じでした。

淀みなんですね。分子の淀み。そして考えるちくわ!

帯に書かれてるとおり「読んだら世界がちがってみえる」のは間違いなしですよ。
 

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超アグリーなセーターがもはや風物詩に


近所の庶民派スーパーFredMeyerにいったら、すんごいアグリーなセーターの売り場ができていた!

今すぐエルフ(じゃなくて「くるみ割り人形」なのかもしれない。本当にどっちでもいいや)またはパグになれるベスト! 『宇宙兄弟』にでてくるパグちゃん、アポ君みたい。



80年代から飛び出してきましたよみたいな、ちょっと韓国風なテイストの微妙なクマとスノーフレークの組み合わせ。



これも素材のチープさといい、確信犯的なスパンコール使い。

4〜5年前に「アグリーセーター・コンテスト」がはやりはじめたころには、クロゼットから発掘してきた年代物のものすごいセーターを自慢するという主旨だったはずなのだけど、今年はわざわざ中国とかベトナムの工場で作らせたアグリーなセーターをスーパーで売るという、妙ちくりんな季節の風物詩に変わってしまったらしい…。
なんかハロウィン的な方向へいきつつある。そのうちこれがクリスマスのトラディションになってしまうのかもね。

ちなみにこれらのアグリーなセーターには正札55ドルとか60ドルとかがついてたよ!
もうすでに半額近いセールになってたけどww



とどめに!となかいブリーフもあった!
写真じゃよく見えないけどちゃんとツノが横についてるのよ。

旦那様へのプレゼントにいかがでしょうか。ご希望の方、教えていただければ今ならエクスプレスでお送りしますよ♪♪

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2016/12/19

香りだけツリーとマグノリアの種


クリスマスツリーを屋根にのせたクルマが行き交う12月。

リビングにクリスマスツリーを置くと針葉樹の良い匂いでいっぱいになるのが良いのよね〜。
うちのはチャーリー・ブラウンもびっくりの南国ツリーなので、雰囲気だけでもとspruce(トウヒ)のアロマオイルを焚いてみる。

と、たちまち部屋が正しい北国のクリスマスらしいの香りに。

でもこの香りはあんまり長持ちしないのが残念。



近所を散歩していてひろった、奇妙なたね。
M&Mチョコレートみたいな種がたくさんはさまって、じゃなくて中から出てきている。

マグノリア(タイサンボク)の木の下に落ちていた。

タイサンボクの人形のような花芯は子どもの時によく拾って遊んだけど、それがこんなに大きくなるのだとは、ぜんぜん知らなかった。

自然のデザインってとにかくなんだかすごいですね。

この花です。


この記事を書いてからまた1年半たってしまった。あああ。

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